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西郷どん特集 時代を切り開いた英雄

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幕末を愛で掛けた西郷隆盛

明治維新150年の
大河ドラマ
「西郷どん」と書いて「せごどん」と読む。西郷隆盛のことを地元の人々が親しみを込めて呼んだ名前です。倒幕を果たし、維新を完遂させた“維新のヒーロー”は、実は脇が甘く、うかつだったと言われています。しかし彼の周りにはいつも人が集まり、笑顔と愛に満ちていました―。
1月7日に放映が始まった今年の大河ドラマ「西郷どん」は、幕末という動乱の時代に薩摩藩、今の鹿児島県に登場し、倒幕から維新、そして西南戦争へとなだれ込む波乱に満ちた隆盛の生涯を描きます。

薩摩が生んだ稀代の“モテ男”の生涯

隆盛は薩摩の下級武士の家に育ち、貧しさも生まれ持った豪快さと愚直さで笑い飛ばす青年時代を過ごしました。そんな姿が薩摩藩主・島津斉彬の目に留まり、江戸や京都を奔走するなか薩摩でも重要な存在となっていきます。そして2度の島流しと3度の結婚、勝海舟や坂本龍馬といった盟友との出会いを経て、長年続いた徳川幕府を転覆させ、明治維新を完遂。しかし明治新政府から逆賊とみなされ、地元薩摩で最期を迎えました。
そんな波乱とも激動ともいえる人生を、ドラマを通して追っていきます。

その物語の根底に流れるのは「勇気と実行力」で時代を切り開いた、愛すべきヒーロー像。そして“親しみ”です。日本の歴史上、英雄と呼ばれる人物は数多いが“親しみ”を強く感じさせる存在は稀有。冒頭に記したように親しみやすく、誰からも愛される人柄から、男にも女にも“日本史上最もモテた男”と呼ばれる西郷隆盛。人、故郷、国、民に対し “見返りを求めない愛”を与え続けた男の姿から、現代に生きる人は何を感じ、何を学ぶのでしょうか。

物語は鹿児島薩摩をはじめ京都、江戸など幕末・維新の主要舞台を中心に展開していきます。ゆかりの各地では、この歴史にスポットを当てた取り組みを展開、盛り上げを図ります。
放送は全47回。毎週日曜、NHK総合で20時から、NHKBSプレミアムで18時から。再放送は毎週土曜、NHK総合で13時5分から。

多士済々の出演陣隆盛は鈴木亮平さんが熱演

「西郷どん」の原作は林真理子さん、脚本は中園ミホさんという人気女性作家がタッグ。隆盛を取り巻く世界を女性視点で表現します。皆に愛された隆盛という人物の魅力を生き生きと描きます。

主人公・隆盛(吉之助)を演じるのは鈴木亮平さん。隆盛の幼なじみかつライバルである大久保利通を瑛太さん、島津斉彬を渡辺謙さんという重厚な布陣で物語に挑みます。
隆盛を取り巻く女性陣は華やかで、淡い恋仲となる於一(篤姫)を北川景子さん、幼なじみで3人目の妻・糸を黒木華さん、2人目の妻・愛加那を二階堂ふみさんが演じます。そのほか、利通の妻・満寿がミムラさん、斉彬の側室・喜久が戸田菜穂さん、江戸で出会うふきが高梨臨さん。
また、西郷家の人々を父・吉兵衛を風間杜夫さん、母・満佐を松坂慶子さん、弟・従道を錦戸亮さんが演じるなど、多士済々の布陣で物語が描かれます。

語りはかつて「翔ぶが如く」で隆盛を演じた西田敏行さんが“再登板”。時代考証は、「篤姫」などでも考証を務めた鹿児島県立図書館館長の原口泉さんと東京学芸大学副学長の大石学さん、歴史学者として人気を集める国際日本文化研究センター准教授の磯田道史さんが務めます。

「西郷どん」の舞台を旅する

西郷隆盛の生誕地であり人生終焉の地でもある鹿児島市を中心に、鹿児島県内各地に隆盛ゆかりの地が点在しています。
隆盛が生きた薩摩の歴史と風土に触れ、物語の背景に深く迫ります。
「西郷どん」の舞台・鹿児島県へ隆盛の足跡を訪ねる旅が、きっと今年のトレンドになります。

城山周辺 隆盛が人生の幕を閉じた地・城山。西南戦争最終の地は西郷どん紀行には欠かせません。隆盛が陣を張った場所であり、展望台からは桜島や鹿児島市街地を一望。快晴の日には霧島連山や指宿の開聞岳も望めるという眺望に隆盛は何を思ったのでしょうか。
西南戦争薩軍本営跡「ドン広場」は西南戦争時に薩摩軍の本営が置かれた場所です。挙兵後、わずかな兵とともに西郷はこの地に。少し登ると「明治十年戦没薩軍本営跡」と刻まれた石碑がたっています。
西郷洞窟は城山に立て籠もった隆盛が最後の5日間を過ごしました。桐野利秋、別府晋介、村田新八、池上四朗など仲間とともに過ごしたといいます。
そして西郷隆盛終焉の地へ。城山を包囲した政府軍は砲撃を開始。薩摩軍は最後の抵抗を試みましたが、隆盛は銃弾を受け、この場所で別府晋介の介錯で最期を迎えました。
西郷隆盛銅像は城山の地にたっています。陸軍大将の正装姿で、台座を含めて高さ約14メートル。1937年に建立後、今もここから薩摩を見守り続けています。
城山にたつ隆盛像
鹿児島城下 生誕から続いた活躍の舞台。加治屋町には隆盛誕生の地が公園として整備されているほか、盟友・大久保利通の生い立ちの地をはじめ多くの偉人ゆかりの地が集結しています。
「維新ふるさと館」で学びも深めることができます。鹿児島の歴史や先人の偉業を、映像やジオラマ、ロボットなどを使った多彩な展示・演出手法で紹介しています。「大河ドラマ館」(別掲)もこの町に。
西郷家が暮らした西郷南洲翁宅地跡や西郷武屋敷跡、隆盛が創設した私学校跡、墓地など隆盛の人生がここに息づいています。
温 泉 隆盛は療養の傍ら、狩りや釣りも楽しめることから大の温泉好きでした。県内各地へ湯治に訪れており、もっとも通った日当山(別掲)や、日置市・吹上、指宿・鰻、湧水町・栗野岳など秘湯を楽しみました。
これらの地には隆盛が訪れたと伝わる史跡もあります。
島津家
ゆかりの地
薩摩藩主・島津家は隆盛にとっても主君。なかでも11代藩主・斉彬は隆盛を見出し、人生に大きな影響を与えました。世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産のひとつである鹿児島市の「集成館」は、斉彬の一大事業、反射炉建設が生んだもので日本初の西洋式工場群として日本の近代化に大きく貢献。旧集成館は今も観光スポットとしてその偉業を伝えています。
島津家別邸跡の仙巌園は、錦江湾や桜島を採り入れた庭園の景観が今も人気の的です。
ドラマでは隆盛との淡い恋も描かれる天璋院篤姫の実家、今和泉の別邸跡は指宿市に。隆盛とも連携をとり活躍した家老・小松帯刀の菩提寺、園林寺跡は日置市にあります。
  • 隆盛生誕地周辺にある維新ふるさと館

  • 旧集成館「旧鹿児島紡績所技術館」

霧島日当山温泉
西郷どん村
西郷隆盛がよく訪れていたという湯治場・鹿児島県霧島市の日当山(ひなたやま)温泉に2017年12月10日、観光拠点施設「日当山西郷どん村」がオープンしました。隆盛が宿泊した家屋を復元し、往時のたたずまいを再現。隆盛が生きた時代の空気感がここに漂います。
同施設は今年の明治維新150年と大河ドラマ放映にあわせて設置。地元の要望を受けた霧島市がホテル洗心閣跡地に建設し、観光活性化の拠点として活用していきます。
同施設の中核となるのが「西郷どんの宿」。隆盛が湯治でこの地を訪れた際に宿泊地としていた龍宝家家屋を復元したもので、茅葺きと瓦の二重構造の屋根や屋内の間取りまで往時の姿に近づけ、館内には隆盛と日当山の関係を紹介する展示コーナーや交流スペースを設けました。
屋外は日本庭園が配され、隆盛が馬をつないだとされるイヌマキの木も残っています。

西郷どんの宿

さらに2018年度中の施設拡充を計画。地元産品がそろう物産館やレストラン、足湯をオープンさせる予定だといいます。
霧島周遊観光バスも運行予定。土日曜は霧島シルバー観光ガイドスタッフが駐在し、西郷どん関連のモデルコースの案内も行います。
日当山温泉に隆盛が訪れた記録があるのは、寺田屋事件で負傷した龍馬がお龍と霧島を訪れていた慶応2年(1866年)や戊辰戦争から帰ってきた明治元年(1868年)、藩主・島津忠義がこの地まで隆盛を訪ねてきた同2年(1869年)など。明治政府を辞めてからもたびたび訪れていたといいます。隆盛がよくわらじを編んでいたという崖下や、釣りをした天降川、共同浴場「西郷どんの湯」などに足跡と風土を感じてみるのも情緒があっていいのではないでしょうか。

かごしまへ、どーん!

県とJR3社が共同で鹿児島への旅を誘致します!

鹿児島県とJR東海、JR西日本、JR九州のJR3社は共同で、1月1日に観光キャンペーン「かごしまへ、どーん!とキャンペーン」をスタートさせました。大河ドラマ「西郷(せご)どん」放映にあわせ、商品造成やプロモーションで中京圏・関西圏・中国、九州からドラマの主要舞台・鹿児島への旅の需要を喚起します。3月31日まで。
キャンペーン特別企画「かごしまどーーーんと新幹線クジ」。
GPS機能を使って名古屋駅―鹿児島中央駅間の新幹線に乗車していることを判定し、車内でスマートフォン上でクジが引けます。クジに当たれば抽選で、県内のホテルのペア宿泊券や焼酎など特産品、観光施設の入場券など賞品が当たりますよ。
JRでかごしまへ、どーん

旅行商品は中京圏、関西圏、中国地方の旅行会社が鹿児島への個人型・団体型専用旅行プランを発売。対象の旅行プランには特典がつき、個人型は鹿児島市内や指宿市内、霧島市内のガイド付きまち歩きプランに参加できるクーポンと、仙巌園や霧島ホテルなどで特典がもらえるクーポン、駅レンタカーの特別価格での利用などを設定しています。

▶ 詳しくはこちら
鹿児島市
「大河ドラマ館」
開 設
毎年、大河ドラマの舞台となる地域が設ける定番の「大河ドラマ館」。
今年の「西郷どん」では、もちろんその舞台は鹿児島県になる。鹿児島市に1月13日にオープンした「西郷どん 大河ドラマ館」は展示や映像、アトラクションなど多彩な企画でドラマの魅力を多角度から紹介。2019年1月14日までの1年間にわたり、明治維新150年と大河ドラマ放映というメモリアルイヤーを盛り上げます。
同館は隆盛の生誕地・同市加治屋町の鹿児島市立病院跡地に立地。平屋建て、延べ床面積約1300平方メートルという広さの中でドラマの世界観を表現しています。
館内では西郷家、大久保家の撮影セットや、隆盛と大久保利通が相撲をとった土俵などを再現。島津斉彬を前にした御前相撲の撮影で使用した篤姫の衣装をはじめ、ドラマで実際に使用した小道具や衣装も展示しています。

「大河ドラマ館」の外観(パース図)

また、鹿児島県内で行われたロケのメイキング映像の上映をする「西郷どんシアター」、ドラマを題材にしたプロジェクションマッピングによるクイズなどで見どころは十分。出演者やストーリー、裏話の紹介、ゆかりの地の観光情報もあり、観覧後はドラマの深い世界に入っていけるはず。
明治維新150年・西郷どん推進室を設け、今年の観光振興を強力に推進。大河ドラマ館の来場者目標を50万人に設定し、誘客を進めています。
料金は大人600円、小中学生300円。20人以上の団体は大人480円。団体は入場申請、観光バス利用は駐車場の予約が必要です。


指宿市でも、「西郷どん」の魅力を伝える施設が誕生。指宿市考古博物館「時遊館COCCOはしむれ」に1月12日にオープンした「いぶすき西郷どん館」では、大河ドラマはもちろん隆盛と指宿の関係性も紹介します。
期間は19年1月14日まで。料金は大人500円、20人以上の団体は同400円。
隆盛も愛した
薩摩の食
西郷隆盛を生んだ鹿児島薩摩は、海に山にと自然豊かな環境から食も大きな魅力です。
隆盛も好物が多くあったと伝わっています。食が美味しすぎてそうなったのかは判然とはしませんが、その巨体を育んだ薩摩の食は「西郷どん紀行」の大きなピースとなります。
鹿児島が誇る食といえば、黒豚とウナギ。
隆盛はいずれも好物だったようで、精力的な働きもわかるような気がします。

黒豚しゃぶしゃぶ

現代、黒豚はしゃぶしゃぶや豚骨ラーメンが定番の人気メニューですが、隆盛は鹿児島の郷土料理「とんこつ」を好んだと伝わっています。豚の骨付きあばら肉を黒砂糖や焼酎、味噌などと煮込んだ、豚の角煮に似たような一品。薩摩藩士が戦場で作ったという男らしい料理は別名「武骨煮」。今も薩摩人のソウルフードとして親しまれています。
ウナギには愛犬家としての隆盛の逸話が。狩りの帰りに、鹿児島市の八坂神社横のウナギ屋を訪れ、大好物のウナギを自身はもちろん猟犬にまで食べさせたといいます。現在ウナギの養殖量日本一を誇る鹿児島県で、本場の蒲焼きを食べるのも一興です。
そのほか隆盛に関係する料理は、主君・島津家伝統の正月料理「焼きエビ雑煮」。地元特産のクマエビを使った逸品で、現在は正月期に仙巌園で味わえます。

角まんじゅう

また、隆盛は甘いものにも目がありませんでした。鹿児島の伝統銘菓として人気のあんこ入りの和菓子「かるかんまんじゅう」を食べたり、落雁でようかんを挟んだ霧島の銘菓「角まんじゅう」の名付け親になったりと、甘いもの好きを思わせる逸話が今も伝わっています。現代の鹿児島の定番スイーツはかき氷の「白熊」ですね。
食に関するエピソードが多い隆盛。サツマイモの生産や味噌、しょうゆもつくっていたというほど。ただ、お酒は苦手だったようで、名産の焼酎はあまり飲めなかったそうです。

西郷どんの島暮らし

奄美群島にゆかりの史跡

西郷隆盛の波乱の人生を物語る上で、外せないのが「島流し」です。二度も奄美群島へ流されており、苦渋を味わったように思えますが、ここで出会ったのは美しい風景と愛すべき人々との心豊かな暮らしでした。隆盛の人としての成長に大きく関わった奄美に足を延ばし、ゆったりとした「島時間」に浸るのもいいでしょう。
一度目の遠島先は奄美大島。安政の大獄で幕府から身を隠すためにやってきて、龍家の娘・愛加那と結婚し、2人の子どもをもうけました。
龍郷町には隆盛自ら設計した新居の跡地、西郷南洲流謫(るたく)跡があります。当時の木造小屋の原型をとどめ、ゆかりの品を公開しています。
近隣には愛加那も使ったという井戸跡や隆盛が上陸した阿丹崎に船をつないだ「西郷松」があり、生涯学習センター「りゅうがく館」には、その松で作った隆盛と愛加那の木像が展示されています。隆盛を祭神とする奄美市の南洲神社も訪れましょう。
二度目の遠島は、島津久光に背いたための流罪。徳之島では愛加那と子どもたちと再会を叶えましたが、再度沖永良部島への遠島が決まり、離れ離れになった悲運の地でもあります。徳之島では空港隣接地に隆盛上陸地の記念碑があり、住民と交流し身を寄せた岡前の謫居(たっきょ)地には、その歴史を伝える碑がたっています。
沖永良部島でも上陸地と謫居地があります。敷地内には西郷南洲記念館があり、遺品や遺訓が展示されています。この島にも南洲神社があり、南洲文庫跡や愛犬を連れた隆盛像が見どころです。
そのほか、口永良部島や喜界島、屋久島、山川港や枕崎港など立ち寄り先も記録に残っていますよ。

奄美群島では、海に抱かれた独自の文化に親しんだ隆盛。奄美大島では釣りを楽しみ、沖永良部島ではイカの餌木を漁民から頼まれて作っていたとも。過酷な環境に苦しんだこともありましたが、この地でも島民と親しみ、民のために尽力するなどその時を全力で生きました。各島をのんびりと周遊し、西郷どんも親しんだ島の暮らしを体感してみてください。

西郷隆盛 年号

1827(文政10)年9月28日 下加治屋町に生まれる。父・吉兵衛、母・満佐
1841(天保12)年 元服し、吉之助隆永と称す
1851(嘉永4)年 島津斉彬が薩摩藩主に。集成館事業はじまる
1852(嘉永5)年 祖父、父、母を相次いで亡くす
 〃  最初の妻スガをめとる
1853(嘉永6)年6月 ペリー浦賀に来航
1854(安政元)年1月 小姓に昇進、斉彬に従い江戸へ参勤
1856(安政3)年 篤姫、将軍家定と結婚
1857(安政4)年10月 徒目付となる
1858(安政5)年7月 安政の大獄
 〃  斉彬が死去し、殉死しようとする
 〃  家定が死去し、篤姫が天璋院に
9月 安政の大獄で追われた月照を薩摩に逃がそうと画策
11月 月照とともに錦江湾に入水するも、隆盛のみ助かる
12月 菊池源吾と称し、奄美大島へ向かう
1859(安政6)年1月 奄美大島阿丹崎に到着
1860(万延元)年11月 愛加那と結婚
3月 桜田門外の変
1861(文久元)年1月 長男菊次郎生まれる
1862(文久2)年1月 召喚命令により奄美大島を離れる
3月 島津久光の命により村田新八とともに薩摩を出る
4月 寺田屋事件
6月 徳之島へ配流
8月 沖永良部島に到着
 〃  生麦事件
1863(文久3)年7月 薩英戦争が勃発
10月 薩摩藩がイギリスと和解
1864(元治元)年2月 沖永良部島から召喚
3月 京都で軍賦役に就任
6月 池田屋事件
7月 蛤御門の変に参戦
9月 勝海舟と大坂城で会見
11月 第一次長州征伐の征長軍参謀として岩国入り
1865(慶応元)年1月 岩山イトと結婚
1866(慶応2)年1月 京都の小松帯刀邸において薩長同盟締結
3月 坂本龍馬とともに薩摩へ
6月 英国公使パークスと薩摩で面談
11月 英国人技師を薩摩に招へいし紡績工場の建設着手
1867(慶応3)年2月 土佐藩を訪れ山内豊信に拝謁
 〃  宇和島藩を訪れ伊達宗城に拝謁
6月 薩土盟約締結
10月 大政奉還
11月 坂本龍馬暗殺
 〃  島津忠義を率いて上京
1868(慶応4)年1月 鳥羽伏見の戦い
3月 東征大総督参謀として江戸で勝海舟と会談
4月 江戸城無血開城
1869(明治2)年2月 鹿児島藩参政に就任
1870(明治3)年5月 五稜郭が開城し函館へ
1871(明治4)年6月 明治政府の参議になる
1872(明治5)年7月 廃藩置県の実施
1873(明治6)年5月 陸軍大将に就任
10月 朝鮮半島への使節派遣が中止、参議辞表を出す
11月 鹿児島の自宅に帰る
1874(明治7)年2月 佐賀の乱
6月 鹿児島に私学校を設立
1875(明治8)年4月 吉野開墾社を設立
1876(明治9)年10月 神風連の乱
1877(明治10)年2月 兵を率いて熊本鎮台を目指す。西南戦争はじまる
9月 城山に籠城
9月24日 自刀。享年50歳
1878(明治11)年5月 大久保利通、暗殺
1889(明治22)年2月 正三位を追贈
1898(明治31)年12月 東京上野の銅像除幕

※参考資料:観光かごしま大キャンペーン推進協議会発行「西郷どん案内帖」